変わらないかもしれない。
でもこういう事、みんなで言い続けようよ。


僕が思う今のパチスロに足りないものは、ズバリ“答え合わせできる環境”である。
パチスロには、設定というものが存在する。いや、設定はパチスロにしか存在しない。
 
その設定を求め、ホールに足を運ぶという人も少なくないと思うし、高設定を掴んだ時の喜びは計り知れない。
 
確かに一番上は分かりやすいし、自分がそう思ったならそれが正解でいいのかもしれない。
 
それでも実際のところどうなの?って気になりませんか?
やっぱりね!って思ったり、あーそうなんですかぁ。と新しい発見があるのかもしれない。
 
それならなおのこと、“答え合わせ”がしたいと思うのは、自分だけだろうか?
 
で、本当に読んでもらいたいのはここから!
なぜこう思ったのか?という話。
 
競馬、競輪、競艇、宝くじなど、パチンコ、パチスロ以外にも、日本にはたくさんの賭け事が存在するが、先日、もう何年ぶりかさえも覚えていないくらいぶりに馬券を買った。
そのきっかけはさておき、馬券を購入するにあたり、当然、結果を予想するわけだが、知識なんてほとんど無いし、もっと言うと何を知識とすればよいかさえ分からないレベルである。
 
「昔、ダビスタやってましたー!」
なんて考えは、全く役に立たないことはすぐに分かった。(笑)
 
とはいえ、馬券を購入する人すべてに当選(配当)のチャンスがあるのは事実。
分からないなりに、得られる情報から予想しようじゃないかという考えに至った。
 
新聞、テレビ、他者の意見、いろんなものを加味しながら、最終的には自らのカンを頼りに馬券を購入した。
こういった目や耳で得られる情報を頼りに予想をするという行為は、自分が好きなパチスロを打つということに通じる部分があると感じた。
 
あいにく自分の購入した馬券が万馬券となることはなかったが、結果が出るのを待ち遠しく感じることができ、こういうのも悪くないな。というかむしろ楽しいかも。というのが久々の馬券購入の感想だった。
この“答え合わせ”できることが、本当に楽しいと感じた。
 
「それが競馬だよ」って言われてしまえばそこまでだけど、この楽しさ、ぜひ今のパチスロにも欲しくないですか??
なんせ、僕らユーザーは1枚でも多く獲得するために、予想をし、台を選び、設定を看破するためにお金を使っているんですよ?
 
予想し、馬券購入までお金を使うことがなく、投資額が任意である競馬に対し、投資額が任意でない可能性が多いパチスロが“答え合わせ”のできないものだなんて、どこか納得がいかない。
それが故の、「パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです」という表示なのだろうが、自分や他のライターさんを含む、全ユーザーの楽しさの根源は、やはりてっぺん(設定6)を掴むことにあると思う。
 
だから例えば、閉店10分前からは打ち手が設定を予想し店員に告げると、正解か不正解が分かり、正解時は確認ができる。など
 
せめて、設定を読み当てる楽しさは与えてもらいたいものだ。
 

この記事を書いた人

GINO

大変お世話になっております。Pvotを今後ともよろしくお願い申し上げます。

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